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2006年6月14日 (水)

雨ニモマケズ

皆さんも良く知っていますよね。宮沢賢治のこの詩・・。(ちょっと長くなりますが)

雨ニモマケズ Photo_26
風ニモマケズ 
雪ニモ夏ノ暑サニモマケズ
丈夫ナカラダヲモチ 
慾ハナク 
決シテ瞋ラズ
イツモシヅカニワラッテヰル
一日ニ玄米四合ト 
味噌ト少シノ野菜ヲタベ
アラユルコトヲ
ジブンヲカンヂャウニ入レズニ
ヨクミキキシワカリ
ソシテワスレズ
野原ノ松ノ林ノ蔭ノ
小サナ萱ブキノ小屋ニヰテ
東ニ病気ノコドモアレバ
行ッテ看病シテヤリ
西ニツカレタ母アレバ
行ッテソノ稲ノ束ヲ負ヒ
南ニ死ニソウナ人アレバ
行ッテコハガラナクテモイヽトイヒ
北ニケンクヮヤソショウガアレバ
ツマラナイカラヤメロトイヒ
ヒデリノトキハナミダヲナガシ
サムサノナツハオロオロアルキ
ミンナニデクノボートヨバレ
ホメラレモセズ
クニモサレズ
サウイフモノニ
ワタシハナリタイ

この詩を遺書であると知っていますか?(一説によると・・ですが)

この詩は昭和6年11月3日に書かれています。黒い小さな手帳にメモの形で書き残されていたもので、賢治の死後に弟の清六によって発見されました。

その手帳は大きな茶色のトランクに入っており、同じトランクからは両親宛の遺書、弟や妹へ宛てられた遺書も発見されています。
賢治が死ぬのは、実際にこれを書いた二年後ですが、この手帳の2頁目に「廃軀ニ薬ヲ仰ギ、熱脳ニアヘギテ」とあり、賢治はこれが最後と思って、手帳にこのメモ書き残したと・・。即ち、病床での悲願自戒の詩であり、遺書であるといわれています。

この詩の終わりの部分「ワタシハナリタイ」の字句が書かれた、左頁一面に「南無妙法蓮華経」と大書きがあり、その文字を囲むようにして経文がぎっしりと書き込まれています。

本来はその「南無妙法蓮華経」まで読みすすみ、賢治の本意を理解することが必要なのかも知れません。

それらを知ってから、この詩がもっと好きになりました。

また、「ヒデリ」とある表記も手帳では「ヒドリ」です。この件も「旱魃」の自筆ルビの修正などから、賢治は「ヒデリ」を「ヒドリ」と間違える癖があったとして、「ヒデリ」とされています。

これもどうでしょう?色々な説があります「ヒドリ」は「日取り」。日雇いの賃金のことだ・・とか、葬式の予定だとか・・。でも、文脈を読むと「旱魃」のヒデリですかね。

どちらにしても、この詩が賢治生身の独り言であったことに感銘を覚えるのです。

自分がどんな人間であるのか?正直にどんな人間でありたいのか?賢治の宗教観にも帰する部分なのかもしれませんが、俺はこの詩に心打たれます。

梅雨時期ですが 雨ニモマケズ・・・サウイフモノニ/ワタシモナリタイ。
でも、玄米四合って、結構食べますねぇ。宮沢賢治。

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コメント

店長こだわりの店から宮沢賢治まで、幅広いですね~。
私は知識も経験も少ないので、今度いろいろお話聞かせていただきたいです。
店長こだわりの店で一杯飲みながら・・・。

投稿: オードリー | 2006年6月14日 (水) 13時15分

⇒オードリーさん

こちらこそ、お話を聞かせてください。
酒好きな「釣りチキ」を招いてなんてどうですか?
倉渕の話とか・・・。


「倉渕のカネト水産」の美味しい食堂でも良いですしね!
(微妙な告知)

投稿: 下町ダンディ | 2006年6月14日 (水) 14時19分

いいですねー。
宜しくお願いします。
でも私、熱く語ってしまうかも~。

投稿: オードリー | 2006年6月14日 (水) 18時44分

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